回し蹴りで足が上がらない人へ|上段が届かないのは硬さだけじゃない

技術・動き方

上段を狙うと、足が途中で止まってしまう

上段を狙うと、足が途中で止まってしまう

回し蹴りで相手の頭を狙いたいのに、足が肩のあたりまでしか上がらない。上段を蹴ろうとすると、体が横に流れてバランスを崩す。ミドルの高さなら届くのに、そこから上がどうしても伸びない。

そんなもどかしさを感じたことはありませんか。

まわりには軽々とハイキックを放つ人がいて、自分だけ足が重い。「体が硬いからだ」と言われて、ストレッチを頑張ってみる。開脚も前より柔らかくなってきた。それなのに、蹴りの高さは思ったほど変わらない。

足が上がらない原因を、柔軟性だけに求めていると、この壁はなかなか越えられないことがあります。

ストレッチを続けても、蹴りの高さが変わらないことがある

柔軟性は、もちろん大切です。開脚やストレッチで可動域が広がれば、蹴りの土台になります。ここを否定するつもりはありません。

ただ、床の上でなら大きく開く脚が、いざ立って蹴ろうとすると同じようには上がらない、という話はよく聞きます。ストレッチでの柔らかさと、蹴りで足が上がることは、じつは少し別の話なのです。

寝転がって脚を開くとき、体は地面に支えられています。でも立って蹴るときは、片足だけで全身を支えながら、もう一方の足を高く上げなければなりません。支える側が不安定だと、体は「これ以上上げたら倒れる」と感じて、無意識にブレーキをかけます。

つまり、足が上がりきらないのは、脚が硬いからというより、上げても大丈夫だと体が思えていないから、ということがあるのです。

足が上がらないのは、上げる脚だけの問題じゃない

蹴りの高さを出そうとすると、どうしても上げる脚のほうに意識が向きます。もっと高く、もっと柔らかく、と。

でも、高く鋭い蹴りを放つ人を見ると、上げている脚以上に、支えている足がどっしりしています。片足立ちになっているのに、まるで両足で立っているかのように安定している。だからこそ、上げる脚を思い切りよく振り上げられるのです。

支える足がぐらついていると、体はバランスを取ることに追われます。上げる脚は、その巻き添えを食って途中で止まってしまう。高さが出ない、体が流れる、というのは、この支え足の心もとなさが関わっていることが多いです。

「足が上がらないのは体が硬いから」という思い込みを、いったん横に置いてみる。すると、見るべき場所が変わってきます。

支える足が安定していると、蹴る足は自由になる

支える足が安定していると、蹴る足は自由になる

片足で立ったとき、その足の裏が床をしっかり捉えている。重心が定まっていて、上体がぐらつかない。この状態ができていると、もう一方の足はずいぶん動かしやすくなります。

支えが安定しているぶん、上げる脚に余計な緊張がいらなくなるからです。体が「倒れる心配はない」と感じられると、脚を高く上げることへのブレーキが外れやすくなります。

反対に、支え足がふらついていると、上げる脚は上げることよりバランスを取ることを優先させられます。せっかくの柔軟性も、そこで頭打ちになってしまう。もったいない話です。

高さは、脚の柔らかさだけで決まるのではありません。それを引き出せる土台があるかどうかで、同じ体でも上がり方が変わってきます。

上半身に余裕があると、足は高く感じられる

もう一つ、見落とされやすいのが上半身です。

足を高く上げようとするとき、肩や首にぐっと力が入っていませんか。上げることに必死になると、体全体がこわばって、かえって脚の動きを縛ってしまうことがあります。

上半身に余裕があって、すっと力が抜けていると、下半身は動きやすくなります。体は全部つながっているので、上が固まると下も固まる。上がゆるむと下もゆるむ。そういう関係があります。

力を込めて無理やり上げた足より、余計な力の抜けた状態でふわりと上がった足のほうが、高く、そして楽に感じられます。

高さは、力で上げるより整えて引き出す

支える足が定まった立ち方や、力みの抜けた蹴りの感覚は、言葉をいくら尽くしても伝わりきらないところがあります。文章で追いかけるより、一度体で味わうほうが早いのです。整った体の感覚を先に知っておくと、蹴りの練習でも「あの感じ」と思い出しやすくなります。

開脚を頑張っても上段が届かない。その原因を体の硬さだけに求めてきたのなら、支える足のほうに目を向けてみると、景色が変わるかもしれません。硬さではなく、上げても大丈夫だと体が思えるかどうか。そこが変わると、同じ脚でも上がり方が違ってきます。

力で上げるのではなく、整えて引き出す。その感覚を、動きながら確かめてみませんか。

整った体で蹴る感覚を体験してみませんか
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